※2025年1月30日追記
この本の著者、森永卓郎さんが1月28日に亡くなられました。
森永卓郎氏のご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。
「今の株式相場は歴史的なバブル」、「日経平均は10分の1になる」、「資本主義は終わる」などと強い言葉で警鐘をならし、投資界隈から白い目で見られている森永卓郎氏の著作「投資依存症」。
私も彼の主張はありえないと思っていますが、何も見ずに批判するのもどうかと思い著作を読ませていただきましたので、その書評を書いていきます。
![投資依存症 (森永卓郎シリーズ) [ 森永 卓郎 ] 投資依存症 (森永卓郎シリーズ) [ 森永 卓郎 ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/9403/9784866809403_1_2.jpg?_ex=128x128)
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本の概要
政府の「貯蓄から投資へ」の旗振りのもと、多くの国民が投資に夢中になっている。それは〝投資依存症〟という依存症の一種だ。アルコール依存症にしろ、麻薬依存症にしろ、覚醒剤依存症にしろ、一度罹患してしまうとその治療は極めて困難だ。
誰かが止めないと、日本中に投資依存症が広がり、バブル崩壊にともなって日本中に破産者があふれてしまう。
投資依存症の感染力はとても強く、いまの日本は投資依存症の「パンデミック」前夜まで来ている。(本文より)(amazonの紹介文より)
要は、
・経済理論では、完全競争のもとでは、企業の利益は最終的にゼロになり、それにより株価もゼロになる。
・にもかかわらず、人々は熱狂的に投資を盲目的に行っており、それに国も新NISAで乗っかって危機的な状況になっている。
・よって、現在は歴史的なバブルであり、そのうち崩壊し、株価は暴落する。
ということのようです。
確かに近年のYouTuberを中心とした発信により、長期・分散・低コストの投資信託への投資が広まっています。また、テレビや投資雑誌などの専門家も株価はこれから上がるという強気な発言が目立ちます。
私の好きな格言で「強気相場は、悲観の中に生まれ、懐疑の中に育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で消えていく」というものがあります。
この格言に従うと現在の楽観の相場の次は、下降相場が待っていると言えると思います。
株価は上昇を上昇と下降を繰り返すものですから、下がることも当然ありますが、それが「株価が10分の1になる」「資本主義が終わる」ほどのものになるかは疑問が残ります。
詳しくは次で記載しますが、歴史的な経緯や事実は参考になるところもあるものの、その結論部分が著者の考えありきというか、「その事実からその結論になるか?」と感じる部分が大分多くなっております。
疑問に思う箇所
1 本当に完全競争か?株価はゼロになるのか?
森永さんは、
経済理論は同時に、完全競争のもとでは、企業の利益は最終的に「ゼロになるとしている」。健全な価格競争が行われれば、企業は販路を確保するために価格を引き下げざるを得ない。そのために企業は利益を削っていき、最終的に利益はゼロにならざるを得ない。
と述べています。そして、株価の理論値の計算として、
S=D÷rということになる。(略)この理論式は、株式市場の分析の際、現在でも使われているのだが、ここで経済学が教える「完全競争市場では利益はゼロになる」という法則を前提にすると、D=0となる。
※ブログ主注:Sは株価、Dは年間配当、rは利子率を表している。
ということのようです。
よって、株価の本来的価値はゼロであるから、資本主義は終了するというロジックのようです。
もっともな感じで書いていますし、計算上はそのとおりなのでしょうが、現実もそうなのでしょうか。
まず、完全競争市場なるものを調べると、
【完全競争を満たす条件】
(条件1)市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も市場価格に影響を与えられない。
(条件2)その市場に他企業が新しく参入する際の障壁(コスト)がない。その市場から撤退する障壁もない。
(条件3)企業の提供する製品・サービスが、同業他社と同質である。すなわち、差別化がされていない。
(条件4)製品・サービスをつくるための経営資源(技術・人材など)が他企業にコストなく移動できる。例えば、ある技術が企業Aから企業Bに流出したり、人材が企業Cから企業Dに障害なく移動したりできる。
(条件5)ある企業の製品・サービスの完全な情報を、顧客・同業他社が持っている。引用元:ハーバード・ビジネス・レビュー「「ポーターの戦略」の根底にあるものは何か」
「ポーターの戦略」の根底にあるものは何か 連載 入山章栄の『世界標準の経営理論』第14回 | 戦略|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
ということのようです。
これを読んで皆さんどう思われたでしょうか。
私は「そもそも完全競争理論なんて現実的じゃないだろ」と思いました。
実際にこの記事でも、
さてこの5条件を見て、皆さんは「こんな産業は現実にありえない」と思われるのではないだろうか。もちろんその通りなのだが、しかしこれから説明するように、「ありえないほど極端」だからこそ、論理のベンチマークになるのである。
と書いています。
要は、完全競争市場とは、現実的には即していない研究用に用いる理論ということで、現実社会ではありえない状況のようです。
ありえない前提を根拠に「株価はゼロになる」と断言するのはどうなのでしょうか。しかもそのことに対する補足もありませんでした。
2 AIバブルに対する反応
著作では、「生成AIはバブルか?」として、
今後生成AIが社会を変え、巨大産業に育っていくという判断がされているのだが、私はその見通し事態がバブルだと考えている。
としています。確かに2024年12月時点のダウ平均の指数は27.3倍、ナスダック指数のPERは35倍の中で、AI銘柄のけん引役であるエヌビディアのPERは53.4倍とかなりの高い数値となっています。一般的に15倍が平均と言われていることと比較すると確かにバブルと言ってよいでしょう。そのうち下がる可能性が高いのもそのとおりだと思います。
ただ、森永氏は、その後1920年代のT型フォードの成功とラジオの登場を例にそこからバブル➡大恐慌と発生したことを根拠に、
エヌビディアの圧倒的技術優位がそんなに長続きしないことも歴史が証明している。フォードと同程度の品質の車はすぐに他社も作れるようになったし、ラジオやテレビの受信機を作り出したゼニス社は、その後競争に敗れ、すでに会社の名前自体が人々の記憶から消えている。
(略)世界を巻き込んだバブルがいよいよ終末期を迎えたことを意味していると思われる。
と結論づけています。
さすがに極端ではないでしょうか。
フォード社は現在も残っていますし、自動車業界はテスラやトヨタなど勢いのある会社たちによって今でも存在感を放っています。ラジオやテレビ業界の衰退はそのとおりですが、その代わりとなるインターネットが登場し、それらを扱う会社は今でも成長しつづけています。
AIが今後どのような展開になることは分からないですし、意外と収益化が難しいとしてAIバブルがはじけることはあっても、AI技術すべてが崩壊するなんてことはあり得ないと思います。実際にエヌビディアの収益性が落ちたとしても、別の企業に代わるだけですしね。
3 投資信託への積立投資と仮想通貨などの投機を同じに考えている。
1930年代のアメリカでは、実際に株価は10分の1になったし、1990年代以降の日本でも株価は5分の1に下がっている。「株価の大幅下落」という予測を頭ごなしに非難するのは、投資依存症に足を踏み込み入れている何よりの証拠なのだ。
と書いたあとに登場する例として、SNS型投資詐欺に巻き込まれた方が紹介されています。
うーん。国を代表する指数の大幅下落と、投資詐欺の例を並べるのはおかしいと思います。
インデックス投資信託に積立投資を続けている人が○○ショックに巻き込まれて、慌てて売却して大損するという例ならまだ分かりますが、投資詐欺に会うのと同列に扱うのはどうなのでしょうか。
4 自分をSNSに利用された詐欺への恨み?
森永さんのフェイク動画や音声を生成AIで作成し、投資詐欺に利用されているケースがかなり多いようです。それ自体はひどい話で、詐欺犯にはさっさとつかまってほしいですが、この著作には、その話が何度も出てきます。果てには、
生成AIがやっているのはパクリと詐欺の片棒担ぎなのだ。
とまで言っています。確かにその一面はあるかもしれませんが、それがバブルが終わる根拠になるのは、さすがに私怨が入っているのかなぁと感じてしまいました。
終わりに
以上、なんだか突っ込みどころが多くなってしまいましたが、森永氏がところどころで引用している歴史的な経過や記事の内容などは参考になるものです。
ただ、その結論部分がなぜ「株価の大暴落が起こる」「資本主義が終了する」といったものになるのかが分かりませんでした。特に株価の大暴落と資本主義の終了はイコールではありません。大暴落自体がそのうち起こることは誰も否定しないでしょうが、資本主義が終了するときは、国レベルや人類レベルが崩壊したときです。そんときは株だのなんだの言っている場合ではありません。
そりゃあ、数百、数千、数万年後には人類が滅亡しているからその時には資本主義は崩壊しているという理屈であればそのとおりだとは思いますが、、、
また、著作の中で、r>gを根拠に、何度も格差が広がっていて富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなると主張されています。
であれば、貧しい者の対抗手段は、富の源泉である株式を購入していくことしかないという結論になると思うのですが、なぜか資本主義の崩壊という話になってしまいます。資本主義が崩壊するときは、まさに格差もなくなってハッピーという結論になると思うのですが、、、
まあ、森永さんは昔から極端なことを面白おかしくいって注目されてきた人ですので、多分今回も似たような感じで主張しているのだなと思います。
ということで、内容的には同感できない点が多くありますが、昨今の株価に対する強気な意見にあふれていることに少し危機感を持っていたり、暴落するかもと言っている人の意見を聞きたいという方にはおすすめできる本ではあります。
以上、書評でした。